『温泉街リノベーション』から、”文化”を考えてみる
こんにちは。上杉惠理子です。
少し前に「マーケティングの成功とは何か?」という問いを、『温泉街リノベーション』という本を通じて考える記事を書きました。

『温泉街リノベーション』は、山口県の長門湯本温泉の再生に向けて、大きく動いた2015年からの10年の軌跡をまとめた一冊。
『温泉街リノベーション
公民連携&星野リゾートで挑む「オソト天国」長門湯本温泉の10年』
のかたあきこ・木村隼斗 著
https://www.amazon.co.jp/dp/4897523508/

明確で皆が「そうなりたい!」と思うビジョンを掲げたことで、行政、温泉街の民間事業者、専門家、金融機関、お寺、そして住民が関わって、様々な課題を乗り越え歩んでいる長門湯本温泉。
私の古巣、星野リゾートが、温泉旅館単体の再生ではなく、温泉街全体の再生から関わった初の事例でもあります。
まちおこしや地方再生に挑む人たちには大きなヒントがある一冊であり、温泉街にお客様を呼ぶには?というマーケティングの事例としても学びになります。
私は個人的にもうひとつ、この本でものすごく響いたことがありました。
地域の文化を継承し、その営みを「継続」させていくのは、その場所に暮らす生活者自身である。
長門湯本温泉の老舗旅館のひとつ大谷山荘の五代目主人、大谷和宏さんのコラムの一文です。大谷さんは、長門湯守株式会社を立ち上げ、それまで市営で毎年多大な赤字を出していた公衆浴場「恩湯」を民設民営で引き継いだお一人でもあります。
街の中央に川が流れ、公衆浴場「恩湯」を持つ長門湯本温泉は、40年前までは夕方の恩湯は地元の子供達で賑わい、夏には川で子供達が泳ぐのが当たり前だったそう。それが、温泉街と住民の暮らしがこの40年で失われてしまった。
コラムはこう続きます。
「この場所らしい風景」の喪失。僕たちが取り戻すものの本質だった。観光客を呼び戻す前に、まず、この場所で暮らし、働く人々の「生活者の幸せ」とは何かを問い直した。日常の中に、温泉があり、川のせせらぎがある。この恵まれた環境に根ざした暮らしの中に喜びを取り戻し、活き活きと交流する生活者の姿こそが、観光客にとっての最高のおもてなしとなるはずだ。「暮らしから文化をつくる」これこそが場所の再生に不可欠な理念の軸となった。
「文化を継承するのは(略)生活者自身である」「暮らしから文化をつくる」という言葉に、「そうそうそう!!」と膝を打つ思いでした。
和装イメージコンサルタントととして、着物の魅力を発信し、『教養としての着物』を書かせていただいた身として、そもそも文化とは何かは大切な問いのひとつです。
着物の文化というと、作る技術が注目されがちです。例えば、文化庁の無形文化財として、着物の染織の技術とその技術を持つ人が認定されます。着物文化を残そうという話題では、作り手や和裁、悉皆業の後継者問題が中心です。もちろん作り手側の保全はとても大事で、着物文化の大きな担い手であることは確かです。
でも私、思うんです。着物を着る人がいなかったら、それはもう文化と言えないんじゃないかなって。
和装イメージコンサルタントとして独立した当初、「日本人は着物を着ないから、海外向けにサービス展開したら?」と結構よく言われました。もちろん、着物を着ていない人から。その言葉に私は「そうですね〜考えておきます〜」と受け流してましたが、「それは何か違う」とずっと感じていました。
着る人がいなくなった着物文化って、外から見て魅力的なのでしょうか??
温泉文化でいえば、暮らす人がいなくなって、旅館と寺社仏閣とハコモノがあるだけの温泉街は魅力的なのでしょうか?
私、江戸時代の町民文化が好きで、着物はもちろん、落語や江戸時代舞台の映画ドラマも大好きです。なんで好きなのかなと考えると、その担い手である江戸の街の人たちの息遣いや活気を感じられるからじゃないかと思うのです。
文化を守るというより、文化を生きる。
『温泉街リノベーション』を読んで、これから盛り上がる温泉街は、泉質や建物の良さだけでなく、その地の人たちが幸せである場所なんだと思います。私もそうした温泉地に行きたいです^^
上杉惠理子